大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(ラ)746号 決定

抗告人(異議申立人) 王子信用金庫

右代表者代表理事 A

右代理人弁護士 北原雄二

相手方 破産者a産業株式会社破産管財人Y

主文

一  本件即時抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙「抗告状」記載のとおりである。

二1  破産法二七七条は、別除権者が最後の配当に関する除斥期間内に破産管財人に対して、その担保権を放棄し、又はその担保権の行使によって弁済を受けることができなかった債権額を証明したときは、一般の破産債権者と同列に配当を受けることができる旨を規定している。すなわち、別除権者は、破産管財人に債権の届出をするに際して別除権付きの債権として届け出た場合であっても、別除権を放棄したときはその債権額につき、別除権の行使によって弁済を受けることができなかった債権額を証明したときはその証明した額につき、いずれも配当表上一般破産債権者と同列に扱う旨を規定しているものである。これは、根抵当権者についても同様であり、根抵当権者は、その根抵当権を放棄するか、又はその実行たる競売手続において弁済を受けることができなかった額を証明することにより、配当表上一般債権者と同列に扱われることとなるのである。

ところで、根抵当権は、その極度額の範囲内で換価権を有し、競売手続においては極度額に至るまでは優先弁済権を有するが、極度額を超える債権額(以下「極度額超過額」という。)については、何らの優先権をも有しないから、競売手続においてその弁済を受けることができないことは、極度額というものがある根抵当権の本来の性質上明らかである。したがって、右極度額超過額については、根抵当権により担保される範囲内の被担保債権として発生したものであるが、最終的には無担保の一般債権と同様となり得る可能性がある性質のものであり、根抵当権者がその極度額を超えて債務者に債権を有する場合は、実際の競売手続の配当総額のいかんにかかわらず、根抵当権者に対する弁済額は最大で極度額に止まるべきであるから、競売手続により弁済を受けることができなかった額が極度額超過額を下回ることはあり得ず、極度額超過額は、別除権実行の手続終了を待つまでもなく、別除権の実行手続により弁済を受けることができなかった額と同視する見解もある。そして、根抵当権者がその物上代位権を行使して、不動産の代金、賃料その他の債務者が受けるべき金銭を差し押さえてそこから弁済を受ける場合があっても、競売配当との総和において極度額を超えて弁済を受けることは認められない(したがって、原決定の理由の2(5)の説示は失当であり、本件異議申立てを却下する論拠になり得ない。)。また、実際の破産手続においては、破産管財人において、破産裁判所の許可を受けて、根抵当権者等の別除権者の同意及び目的不動産の登記上利害関係を有する第三者の同意を得て、その別除権の目的たる不動産を任意売却することがあり得るが、このような措置がとられた場合でも、根抵当権者は、極度額を超えた金員を破産管財人から弁済を受けることは、一般の破産債権として取り扱われる配当手続において弁済されるべき不足債権の一部又は全部を破産の配当手続を経ずして弁済を受けることとなり、破産法上不適法であって許されない(したがって、原決定の理由の2(4)の説示は失当であり、本件異議申立を却下する論拠になり得ない。また、本件記録によれば、破産管財人は任意売却を試みたが、その実現もできず、平成一〇年三月二七日に破産裁判所の許可を受けて本件不動産を破産財団から放棄していることが認められるから、本件において、破産管財人が本件不動産を任意売却する余地はなくなっており、任意売却の可能性があることを前提にする原決定の理由説示は失当であることが明らかである。)。

このようにして、競売手続の終了を待たずに極度額超過額をもって競売手続により弁済を受けることができない額を比較的容易に認定することができるのは、その優先弁済権の範囲が極度額に限られるという根抵当権の本来的な性質によるものであり、この故に普通抵当権との間で差違がある取扱いが生じたとしても、不均衡又は不衡平と解することはできない。

2  しかしながら、別除権実行の手続終了前における根抵当権の極度額超過額をもって、破産法二七七条にいう別除権の実行手続により弁済を受けることができなかった確定不足額の生じた債権と評価することは必ずしもできない。すなわち、右の極度額超過額の債権も、根抵当権の被担保債権として発生した複数の債権のうちの一部ないし一部分であり、根抵当権の確定前における債務者の弁済の充当いかんによっては競売手続における優先弁済の対象となる余地があり、根抵当権確定の後といえども、競売手続における請求債権の指定(申立て)のいかんによっては、根抵当権者に対する競売配当額の配当指定(充当)の対象となる余地がある債権になるからである。根抵当権の競売手続において請求債権として被担保債権の全部が掲記されている場合は、その配当は原則として法定充当により配当指定(充当)が行われるが、もともと競売裁判所に対する請求債権の届出は根抵当権者の自由な選択指定によって特定することも可能であり、事後的に一部の請求債権を取り下げることも可能であるから、結局は、実際の競売手続において根抵当権の被担保債権のうちの弁済を受ける個々の債権の特定は、根抵当権者の任意の意思によるところがあるといわざるを得ない。

そうすると、破産管財人に別除権たる根抵当権の「予定不足額」として極度額超過額を届け出たとしても、それは「不足枠」の届出に過ぎず、当然に破産法二七七条にいう「その担保権の行使によって弁済を受けることができなかった債権額」の証明がある特定の債権と認めることはできない。すなわち、破産管財人が「弁済を受けることができなかった債権額」と認識し調査のうえ認否をし得るのは、破産管財人に対して、極度額超過額を含めた全被担保債権の発生日、発生原因、債権額を特定し、かつ、競売手続における現実の配当額の配当指定(充当)がされた特定の被担保債権の発生日、発生原因、債権額、配当指定(充当)された競売配当額又は終了前の競売手続における配当見込額についての配当指定(充当)の対象となる特定の被担保債権(又はその一部)が明らかとなり、その余の被担保債権について配当可能性がないことが容易に推認できる場合であるから、このような場合にのみ、初めて破産管財人は極度額を超過した特定の被担保債権について「その担保権の行使によって弁済を受けることができなかった債権額」と認定し得るものというべきである。したがって、担保権実行の手続終了前に極度額超過額をもって、一般破産債権と同列に配当を受けようとする根抵当権者は、その配当期日の前に、破産管財人に対して、前示のとおり、終了前の競売手続における配当見込額について配当指定(充当)されるべき特定の被担保債権(又はその一部)と債権額を具体的に特定したうえで、配当可能性のないその余の被担保債権の発生日、発生原因及び債権額を特定し、例えば極度額超過額に相当する一定の被担保債権については競売裁判所に対して請求債権としての届出を行わなかったこと、あるいはその特定債権について根抵当権の行使と見られる一切の行為(物上代位による差押え等)をしない旨の意思表示をすることなど、極度額超過額に該当する被担保債権(額)が現実に競売配当等によって弁済を受ける余地も意思もないことを証明するなどして、被担保債権のうち特定の債権(又はその一部)が破産法二七七条にいう「その担保権の行使によって弁済を受けることができなかった債権額」に該当することを証明して配当を受くべき破産債権として破産裁判所に届出しなければならないものと解する。

3  本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  抗告人は、東京地方裁判所平成八年(フ)第四四五一号破産事件の破産者に対して、破産者所有の新潟市〈以下省略〉所在の不動産につき極度額五〇〇〇万円と極度額四〇〇〇万円の各根抵当権を、同じく破産者所有の東京都文京区〈以下省略〉所在の不動産につき極度額四億三〇〇〇円と極度額七〇〇〇万円の各根抵当権を有する破産法九二条の別除権者であるところ、破産者に対して元金合計七億二〇〇二万四五八八円、損害金合計一億七六九四万七七九六円の債権を有していた。抗告人は平成九年二月一〇日付けの債権届出書で、元金七億二〇〇二万四五八八円、損害金二五七二万二二二八円の合計七億四五七四万六八一六円の債権を届け出て、予定不足額を三億七〇六四万四五八八円として右債権届出書に記載したが、相手方破産管財人は、これらに対して、いずれも異議を述べなかった。

(二)  破産宣告の後、抗告人は、右の各根抵当権の実行の申立てをし、前記文京区の不動産については平成九年五月七日の競売開始決定がされ(東京地方裁判所平成九年(ケ)第一五二八号)、目的不動産の最低売却価額は合計八九七三万円と決定され、抗告人は、右競売手続において平成一〇年六月一七日付け計算書で請求債権として八億八七一二万六七四一円(元本債権七億一〇一七万八九四五円、損害金債権一億七六九四万七七九六円)の債権届出をしており、現在競売手続が進行中である。また、右新潟市の競売事件においては平成一〇年五月二〇日に目的不動産が売却され、平成一〇年七月八日に五〇〇〇万円の配当を受けたので、抗告人は、これを右の各根抵当権の損害金債権部分の合計一億七六九四万七七九六円の一部に充当したが、なお抗告人が破産事件において届け出た損害金の額(二五七二万二二二八円)を上回る損害金債権を有していたので、破産事件における届出債権額を変更しなかった。

(三)  相手方破産管財人は、平成一一年一月八日、抗告人の届出債権につき、配当に加えるべき債権の額を零円、配当額を零円とする配当表を作成した。抗告人は、平成一一年一月二一日付けで破産裁判所に右配当表に対する異議の申立てをしたが、原審は、平成一一年三月四日これを却下する決定をした。

4  右の事実によれば、抗告人は、平成九年二月一〇日付けの債権届出書で、破産管財人に対して別除権として元金合計七億二〇〇二万四五八八円、損害金合計二五七二万二二二八円の合計七億四五七四万六八一六円の債権を届け出て、極度額の合計五億円を超過する三億七〇六四万四五八八円を予定不足額として届け出たうえ、その後これを変更することはなかったと認められるが、本件記録によるも、抗告人が本件配当表に係る配当の前に、破産管財人に対して、根抵当権の全被担保債権のうち、競売手続による配当額によって弁済を受けられない債権の発生日、発生原因及び債権額を特定してこれを証明したとの事実を認めることはできない。また、そのうち、終了前の競売手続における配当見込額について配当指定(充当)されるべき被担保債権を具体的に特定して、例えば極度額超過額に相当する一定の被担保債権については競売裁判所に対して請求債権として届出を行わなかったことなどや、破産裁判所に対して確定不足額として届け出た特定債権について根抵当権の行使と見られる一切の行為をしない旨の意思表示をすることなど、極度額超過額に該当する被担保債権(額)が現実に競売配当や物上代位権の行使等によって弁済を受ける余地がないことを証明したという事実も認めることはできない。

したがって、このような状況の下では、破産管財人においては、右の予定不足額に含まれる個々の被担保債権の発生日、発生原因、債権額を把握することができないのみならず、未だ終了していない根抵当権の競売手続において将来抗告人に配当されるであろう配当額がどの特定の被担保債権に充当されるのかさえ把握することができないこととなる。結局、このような事情の下においては、根抵当権の極度額超過額分について、右競売手続において配当を受けることができないであろうという状況は、単に極度額を超過しているため配当を受けることができない被担保債権群ないしその部分枠があるといっているのに過ぎず、具体的に特定した被担保債権の不足額についてはこれを認定することはできないこととなるから、抗告人の根抵当権の極度額超過額が、当然に破産法二七七条にいう「その担保権の行使によって弁済を受けることができなかった債権額」に該当することの証明があったとはいえない。したがって、抗告人の届け出た根抵当権の極度額超過額の債権を、破産法二七七条の規定により、配当から除斥した破産裁判所の措置は相当である。

三  以上によれば、本件配当表に対する異議申立てを却下した原決定は、結論において正当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 廣田民生)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例